ドイツ・メルヘン街道自転車の旅2015(その15:最終回)フランクフルト市内観光

5月8日(金)  晴れ フランクフルト市内観光
4月24日に日本を発ってから半月が経ちました。メルヘン街道・ヴェーザー川自転車道の旅も最終日です。今晩フランクフルト国際空港から日本に向かいます。充実した自転車の旅を夫婦で楽しむことができ、白地図に私たちのオリジナルな足跡を残せたことが、この旅の何よりの収穫です。今日はそんな旅の余韻に浸りながら、フランクフルト市内をのんびりとポタリングする予定です。

フランクフルトの宿は、日本で予約していた"Hotel Cristall"。フランクフルト中央駅から徒歩3分という便の良さに加え、一泊72€という大都市としてはお手軽な値段です。昨日チェックインの時には、インド系スタッフの方が、自転車2台の保管にホテルの裏庭の屋根付スペースを快く使わせてくれ、また、宿近くのお勧めのレストランも紹介してくれて、親切な応対に満足でした。部屋は十分なスペースと清潔感で心地よく、サイクリストにもお勧めの宿です。

このスタッフの話によると、今日5/8は交通機関のストライキが予定されているので、空港への交通の便には十分注意するように、明日は日本人スタッフが応対するので状況を詳しく聞けるだろうとのアドバイスでした。今朝、日本人スタッフの方の話では、ストと言っても完全に止まることはなく、各路線とも1時間に一本程度の運行になるだろうから、十分に余裕を持って空港に向かえば、問題ないだろうとの話です。私たちの便は、午後8時45分のANAです。夕方まではフランクフルト市内を観光できるだろう踏んで、荷物を預かってもらい、身軽な姿で市街に出かけることにしました。
①ポタリング中にパンク
まずは、マイン川河畔をポタリング。昨年は雨模様の中、マイン川自転車道を東に向けて出発しましたが、今年は快晴の空の下、爽快な滑り出しです。ところが、15分くらい経ったでしょうか、右岸の公園道路を走っていると、突然自転車の制動がおかしくなりました。前輪のパンクです。なんと最終日にパンクをするとは。そういえば、昨年は最終目的地のアイヒシュテットの手前10kmの地点で、家内の自転車がパンクしたことを思い出しました。

前輪を外して見ると、大きな画びょうがしっかりと刺さっています。河畔のベンチに腰を掛けてパンク修理の作業開始です。20分ほどで完了、旅先のパンク修理も慣れたもので、振り返れって見れば良い思い出です。
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パンク修理の後、マイン川左岸の公園道路に移動し、フランクフルトで歴史あるシュテーデル美術館でゆっくりと絵画鑑賞をしようということになりました。美術館に向かう左岸には日本でいう屋形船のような船上レストランが開店準備を進めており、明るい日差しの下、一気に初夏が来たような光景です。
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②シュテーデル美術館
シュテーデル美術館に到着してみると、なんと現在、モネ展が開催されているではありませんか。チケット売り場には多くの人が並んでいます。2階入口から建物に入ると、モネ展は1階と地下1階の特別展示フロアーとのことです。ホール入口の正面には、フランクフルトに生誕したゲーテの肖像画が展示されています。係員に尋ねると、一般展示の絵画については写真撮影が可能とのことなので、シュテーデル美術館を訪れた記念に一枚撮らせていただきました。
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2階フロアーの絵画を一通り鑑賞してから、いよいよモネ展のフロアーへ向かいます。二つのフロアーは、何れも多くの見学者で溢れ、中にはドレスアップされている方もいらっしゃいます。私たちの服装は美術館鑑賞にはちょっと不釣合いですが、周囲も余り気にしている様子でなく、できるだけ目立たぬように見学しました。モネの作品は大きいものから小品まで100点は展示されていたでしょうか。その他にモネと交流のあった同時代の印象派の画家マネ、ドガなどの絵画も併せて展示されていました。モネ展を含めて館内全館を2時間近くかけ、展示物をたっぷりと鑑賞しました。これで入館料が一人当たり14€(約1800円)は驚きです。
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シュテーデル美術館を出るとちょうどお昼時、河畔のドリンクショップでコーヒーをテイクアウトし、ベンチでランチタイムです。昨日から急に暑くなりだし、強い日差しは初夏を感じさせます。金曜日だというのにマイン川に沿って続く公園の芝生では、学生さんでしょうか若者中心に大勢の人たちが、ドリンクを片手に仲間と談笑しながらランチをしています。多くの人が半袖、短パン姿です。
③5月8日という日、そして思うこと
(ここからは、マルクト広場で見たある光景から思い立って書いてしまった、最近の日本を取り巻く情勢に対する個人的な見解です。自転車旅行とは直接関係はありませんので、読み飛ばしていただいて結構です。)

昼食後、午後はマルクト広場からドーム(大聖堂)の見学に向かいます。今日、5月8日は第二次大戦のヨーロッパ戦勝記念日ということを、この地で初めて知りました。というのは、マルクト広場ではこれを祝うセレモニーが特設ステージの上で行われていたのです。広場を埋め尽くすほどの大勢ではなく、また、どのような人たちの集まりかはよく分かりません。
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ネットで調べてみると、ドイツでは戦後40年のこの日に、当時のヴァイツゼッカー大統領が、連邦議会で『荒れ野の40年』と題する歴史に残る演説を行い、これを契機にドイツにおいてもこの日を「ナチス体制からの解放の日」と位置づけられるようになったとのです。

独裁者と集団体制との大きな違いはありますが、両国民はファシズム体制のもと、耐え難い苦痛を強いられたという点で共通するものがあるかと思います。両国民そして戦場で命を落とした両国の兵士たちは、いずれもファシズムの犠牲者であった。しかし、終戦の日の捉え方は、両国で大きく異なるようです。

ヴァイツゼッカー大統領の演説がどのようなものであったか調べてみると、次のような一節があります。戦争犯罪について、「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。」と、先の大戦に何ら責任のない次世代に罪を負わせないことを、既に30年も前に宣言し、

一方で「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。」と、歴史的事実を歪曲することなく事実として直視することを説いています。

最大の被害者であったユダヤ民族に対しては、「ユダヤ民族は今も心に刻み、これからも常に心に刻みつづけるでありましょう。われわれは人間として心からの和解を求めております。」と心からの和解を求めています。この演説の全文を読んで驚いたのは、ユダヤ民族を含めて、先の大戦でドイツから大きな苦痛と被害を受けた他国、例えば、ロシア、ポーランド、イギリス、オランダに対して、謝罪に当たる言葉が見当たらないということです。

ナチスによる暴挙は、あくまでもファシズム体制下、独裁者とごく一部の信望者が成した行為であることを明確にし、その後のドイツ国民には無関係であると一線を画していることです。

そして、ヨーロッパの歴史については、「自らの力が優越していてこそ平和が可能であり確保されていると全ての国が考え、平和とは次の戦いの準備期間であった――こうした時期がヨーロッパ史の上で長く続いたのでありますが、われわれはこれに終止符を打つ好機を拡大していかなくてはなりません。」と語り、ヨーロッパの平和に対して、過去と訣別し未来志向の考えを力強く掲げています。

第二次大戦までのヨーロッパは、それぞの時代で各国が利権を争い戦争を繰り返してきたというのが事実であり、平和とは次の戦争の準備期間と一刀両断にしています。アルザス・ロレーヌ地方を巡る17世紀以降に繰り返されたドイツとフランスの戦争が端的な事例と思います。

現在のEUは、この演説を源流としてヨーロッパ各国の政治家、知識人の深い議論の下に生まれたものと思います。そのEUも、各国間の格差や貧困を埋めることはできず、理想郷を掲げて発足したもののギリシャ債務問題等、経済問題では足並みが揃わず、こういった側面は今後も続くでしょうが、不戦という大きな目標は達成されていると思います。共同体が存続する限り、加盟国間で再び戦火を交えることはないでしょう。
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翻って、日本を取り巻く状況はどうでしょうか? 先月、発表された「戦後70年談話」で、安倍首相は、「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」と語りました。この部分は戦後談話の中でも未来志向の考えを示された非常に重要な部分であると思います。

そして、これに続けて「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。」と、歴史を直視し、過去への反省とともに、事実を責任を持って未来に伝えていく必要性について言及しています。

先の大戦の敗戦国であり、加害者であった両国の指導者が時期は全く異なるものの、歴史的事実の直視と忌まわしい過去への訣別、そして未来志向の宣言が、その根本的な考え方において一致していることに時代を越えた真理がそこにあるように思います。

今、東アジア地域における隣国4カ国と日本との関係は、極めて緊張感の伴う状況に置かれていると思います。いずれの国からも領土問題、人権問題で日本の国家主権と国民の人権が著しく侵害され、あるいは侵害されようとしているのが、紛れもない歴史的事実です。また、なかには被害者の恨みは1000年も続くと表明する国家元首もいます。このような国々と国境を接するなかで、現在日本が本当に平和的、友好的な関係を維持しているとは思えません。また、日本が心から求めたとして、果たして恒久的な友好関係を結ぶことが可能でしょうか?

日本が先の大戦において、彼の国をはじめアジアの多くの国々を侵略したことは、紛れも無い歴史的事実です。しかし、その侵略戦争に何ら責任の無い我々世代が、さらには子々孫々にまで渡り、謝罪を続けることを要求する彼の国と、果たして平和的、友好的関係を築くことが出来るのか、甚だ疑問です。現在、日本と隣国4カ国との関係は、一歩その方向性を誤ると歴史の歪曲と誤謬があたかも事実として国際的にも認知され、反日、卑日のもとに日本の国際的な立場を貶めようとする方向に進み兼ねない。そんな危機感すら持ってしまいます。

日本が戦後70年、戦争に巻き込まれず平和を享受し、経済的発展を遂げることが出来たことも事実です。これが何によって達成されたのか、事実を精査して考える必要があると思います。平和憲法もその役割を果たしていると思いますが、戦争に巻き込まれずにここまで来たのは、現実には同盟国との条約とその保護があったからだと思います。グローバル世界が急速に進展する中で、自国の主権と人権を守ることについて、周辺諸国の日本に対する考え方を深く洞察した上で、真剣に考えるべき時代に入ったような気がします。隣国との関係において、日本は決して平和な状態にあるとは言えないことを、私たち日本人はしっかりと見据えて行動する必要があると思います。

フランクフルトのドーム(大聖堂)は、マルクト広場から細い路地を入っていったところにあります。昨年は、訪問時にちょうどミサが開催されて内部を見学することができませんでしたが、今回はじっくりと見学することができました。
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再びマルクト広場に戻ると、ベロタクシーを見かけました。ドイツで199年代後半に開発されたそうで、如何にもエコシステムを重要視するドイツ人ならではの発想です。今ではドイツの主要都市でポピュラーな公共交通機関になっているようです。日本でも私たちの住む神戸を初め大阪、東京、札幌で運行を開始しているそうですが、少なくとも神戸では見たことがありません。
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フランクフルトといえば、欧州の金融の中心都市の一つです。欧州中央銀行はフランクフルトのシンボルの一つでしょうか。中に入ることはできませんが、建物の前で記念の一枚を撮影しました。
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ホテルに戻り、いよいよ帰国の準備を整え空港に向かいます。予想通り、Sバーンは動いていましたが、1時間に一本程度の運行です。フランクフルト中央駅の地下駅で50分程度待たされて、込み合う社内になんとか滑り込みほどなく空港駅に到着しました。

今回、帰国便はANAを使いましたが、自転車の取扱いは非常に丁寧でした。午後8時を過ぎ、漸く空が薄暗くなった空港で、帰国便を前にして家内と軽くヴァイツェンで旅の無事を祝いました。
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【おわりに】
15日間のドイツ・メルヘン街道-ヴェーザー川自転車道の630㎞の旅を走り終えて、改めて自転車旅行でなければ味わえない旅の楽しさの余韻に浸っています。4回の宿無し事件は、型に嵌った旅行では味わうことのできない、筋書きのないドラマに遭遇している感覚でした。旅のアドリブとでもいうのでしょうか、リスクへの対処の仕方も実体験を通してよく分かりました。終わりよければ全て良しです。

海外での自転車旅行も2回目となり、前回の教訓を生かしつつも、また新たな問題が持ち上がり、それもまた楽しみの一つとなりました。時速20kmの時空の流れの中にいると、車や鉄道の旅では見逃してしまうような光景に気づき、感動し、ペダルを踏みながら様々な思いを想起させてくれます。それが自転車旅行の魅力の一つでもあります。

ハーメルン手前のヴェーザー川河畔の牧草地帯で目にした原発と風力発電の風車、はち切れんばかりのお乳を抱えた羊たちの群れ、それらの光景を時間をかけて眺めているうちに、日本とドイツのエネルギーや農業問題に係わる相違点について考えたりしもしました。

健康維持と夫婦共通の楽しみとして始めた自転車旅行、これからも時速20㎞の世界を国内外で味わって行きたいものです。

この記事へのコメント

伊太利屋次郎
2015年09月13日 09:55
長編のブログ作成お疲れさまでした。今回の含蓄ある記事を拝読しました。
先日,町内のお宅をある用件で訪ねたところ,ちょっと何とも言えない気分を味わいました。どうやら韓国の方のようでして,私の用件を信頼できない,と言うような対応をされました。イヤ,私というか日本政府そのものが信頼できないという雰囲気でした。その方は自分より少し下の世代のようで,先の大戦の経験はないと思いますが,そのことはシッカリと心に刻み込まれている印象を受けました。また,40年ほどまえにワルシャワに留学したときに,オシフェンチム(アウシュビッツ)を共に見学した大学生からも大戦の記憶が「教育」によって刻み込まれていることを感じさせられました。
どうか孫たちにはもっと前を見た世界人になってもらいたいとの思いを馳せながら...
ところで,フランクフルトのクリスタルは良いようですね。私たちは駅の脇のTopasを常宿にしておりました。次回は(移民問題で騒がしいドイツですが,いつになるやら)とまってみようかな。
では,では。またどこかの旅行記でお会いしましょう。
どるふぃんきっく
2015年09月13日 18:22
伊太利屋次郎さん
こんにちは、コメントありがとうございます。
若い人達への教育は非常に大事と思います。娘に聞いたところ、高校の日本史は明治初期で終わったとのことで、日本の近代・現代史を学ぶ機会がなかったということです。歴史的事実を自らの都合の良いように歪曲せずに、正確に教育することが喫緊の課題だと思います。70年談話を受けて、文科省も近代・現代史を別枠でカリキュラムを組む方向で検討するとのニュースがありましたが、是非、実現願いたいものです。

隣国とは決して平和的・友好的な関係にないことを、私たちはもっと現実的に、真剣に認識し、行動すべき時期に来ていると思います。戦後、日本からのODAが彼の国々の発展に大きく貢献したことについては歴史の泡沫と消えていき、恨みだけが1000年も続くというのは、どう考えても先進国のとる行動とは思えませんが。

40年前にポーランドへ留学されたのですか。凄いですね。日本が今後、少子高齢化が進む中で、豊かさを維持していくにはグローバルな知識社会を構築していく必要があると思います。それには、歴史的事実を正しく認識したうえで、国際的に未来志向の関係を築こうとする国々と広く積極的な関係を結んでいくことが重要だと思います。それには若い人達には、どんどん外国に出ていき、多様性の中で論理的思考力と行動力を養ってもらい、グローバルな視点から国造りに色々な形で携わってもらいたいものです。そのために、我々世代も応援できることは是非やりたいものです。平和と思い込んで浮かれていると、日本は急速に衰えていくのではないかという懸念が、最近の一部の世相を見て強く感じるようになりました。