2016欧州自転車旅行記(5/1)

5月1日(日) 雨のち曇り ウールディンゲン‐ミュールホーフェン(Uhldingen-Muhlhofen) → メアースブルク(Meersburg) → ライヒェナウ島(Reichenau)
この日は、メアースブルクからコンスタンツ(Konstanz)へフェリーで移動し、コンスタンツ観光後、ライヒェナウ島(Reichenau)へ渡り、当地で宿泊しました。
走行ルート:

あいにく、からの雨が本降りです。登山用のゴアテックスの雨具とレインシューズカバーで身を固め、9時過ぎに宿を出発。昨年、カールス・ハーフェン近郊の森の中で集中豪雨にあい、靴の雨対策が不十分だったことを教訓に、今年はレインシューズカバーを新調しました。雨具と併せてこれで雨対策は万全です。

現地予報によるとこの日の予想最高気温は8℃。ゴアテックスの雨具は防寒効果もありますが、それでも自転車を漕ぎだすと冷たい雨が顔に当たり、メガネを濡らし、メアースブルクまでの4kmほどの道がとても長く感じました。
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コンスタンツに向かうフェリーの船内で。
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フェリーからボーデン湖を望む。雨脚が強くなってきました。

10時半過ぎにコンスタンツ中央駅に自転車を止め、ツーリスト・インフォメーションでマップをゲットし、市内散策を始める。まずは市街中心部のラートハウスを見学しました。この建物は16世紀半ばの織物職人のギルドセンターが起源とかで、その後ラテン語学校の校舎として使用された後に、1594年にルネッサンス建築家により増築されたそうです。壁全面に精緻な絵画が描かれています。この絵は1864年に描かれたそうです。
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ラートハウスからしばらく市街中心部へと進むと大聖堂が目の前に現れる。コンスタンツは、8世紀にヨーロッパを統一したカール大帝が、この地を大司教区の一つとした定めたという歴史を有しており、大聖堂もそれに相応しく立派な建物です。いつも思うのが、大聖堂の外観、内観の素晴らしさを一枚の写真に収めることの難しさです。

地下に陳列された展示品をゆっくり見学した後に、大聖堂の広場に古代ローマ時代の城壁の遺構があるとのことなので行って見ました。
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古代ローマ時代の城壁の遺構。西暦300年~400年頃のもののようです。

相変わらず小雨の降る中を中央駅まで戻り、駅前のマグドナルドでお昼です。照り焼きハンバーグセットがあり、これを注文。味は日本と変わりませんでした。雨宿りも兼ねて少しゆっくりしていると漸く雨は上がり、午後2時過ぎに出発する。

コンスタンツ港の周辺を見学し、本日の宿泊地、世界文化遺産に指定された三つの僧院のあるライヒェナウ島に向かう。昨日の宿はWiFi環境になく、ライヒェナウ島周辺のGooglemapをスマホに取り込むことができず、島までの10数kmの短い道のりでしたが、道に迷い苦労しました。
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ライヒェナウ島には入ってからも、宿を見つけるのに一苦労。WiFi環境を整備する宿に宿泊するのは、自転車旅行では重要なアイテムです。海岸沿いの公園のカフェで島内の地図に宿の位置を書いてもらい、漸く辿り着くことができました。この日の宿も"Bett+Bike"サイトで見つけたPentionです。ここも老夫婦が切り盛りする宿ですが、自宅から少し離れた場所にあるようで、インターフォン越しに話をすると、しばらくしてご主人が軽自動車で到着。英語は話さないということで、ドイツ語会話の実践練習になりました。
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【コンスタンツ (Konstanz)豆情報】
紀元15年頃、ローマ帝国・皇帝ティベリウスの時代にローマ軍が要塞を築いたのが起源とのことで、現在の人口は7万人。景色が素晴らしいとの話でしたが、生憎の雨で、今回は景色を楽しむことはできまでんでした。本格的な居住区として形を整えたのは3世紀に入ってからで、当時の皇帝コンスタンティウス・クロールスの名前がそのまま町の名前になったそうです。

スイスと国境を接するため、コンクタンツは第二次世界大戦の戦火を免れ、市内には11〜12世紀にまで遡る歴史と由緒を秘めた街並みが残っています。ローマ時代の城壁の遺構を大聖堂前の広場で見ることができます。写真にもあるように頑丈なアクリル張りのケースでしっかりと保護されています。

ローマ軍が退いた後、8世紀にヨーロッパを統一したカール大帝が、この地を大司教区としたことで中世に主要都市としてして繁栄したとのことです。11世紀にロマネスク様式で建築が始まった大聖堂は、途中でゴチック様式に変わって16世紀に完成したそうで、完成までになんと5世紀も掛かったとのこと。また、13世紀から16世紀にかけて次々と寺院が建てられ、街全体が寺町の様相を呈しています。ドイツ各地を旅行して驚かされるのは、町の中核をなす聖堂の多くが、完成までに数百年もの年月が掛かっていることです。バルセロナのサクラダ・ファミリアが着工から100年以上経っても未完であることに対する違和感が解消しました。

コンスタンツは、1192年に神聖ローマ帝国の「帝国都市」に指定されて以来、イタリアとの交易が組織化され、その中心として経済的にも発展していったそうです。

それにもう一点、コンスタンツはキリスト教の歴史の中で、重要な出来事を刻んだ都市でもあるそうです。そのひとつに、ルターに先立つこと100年、15世紀初めに、ボヘミア出身の宗教改革の先駆者フスが処刑されたとしてしても有名です。宗教会議にかけられ、異端者の烙印を押されたフスは、異端者用のマントと帽子を身につけされて火あぶりにされ、灰はライン河に投げ捨てられたそうです。

時代は下って、17世紀後半。ゲーテがイタリア旅行の後、リヒテンシュタインを経てライン河沿い戻ってきた最初の宿泊地がこのコンスタンツだそうです。

【走行データ】
走行距離:25.28km(累計:175.82km)
平均速度:14.4km/hr
最高時速:32.1km/hr

5/2 Reichenau(ライヒェナウ島)→Lottstetten(ロッテステッテン)
http://dolphin-kick55.at.webry.info/201607/article_1.html

この記事へのコメント

えっちゃん
2016年07月03日 00:38
お写真拝見、歴史も勉強させていtだ来ました