2016欧州自転車旅行記(5/11)

5月11日(水) 晴れバハラッハ (Bacharach)→コブレンツ (Koblenz)
5月11日(水) 晴れ バハラッハ (Bacharach)→コブレンツ (Koblenz)
今日は自転車での旅行最終日です。バハラッハを出発し、「ロマンチック・ライン」の後半区間をライン河左岸に沿って最終目的地のコブレンツまで走行する予定です。

この流域は、ドイツの世界自然遺産に登録されています。走行距離は約60km。途中、ローレライの岩山や左右両岸の山の斜面には多くの古城が現れ、ボッパルト(Boppard)では丘の上に立ち、ライン河が大きく蛇行しヘアピンカーブで方向転換する姿を眺め、終着地コブレンツではモーゼル川との合流地点のドイチェス・エック(Deutsches Eck)に至るまで観光ポイントが満載です。
走行ルートは、以下の通りです。


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午前8時45分に宿を出発する。バハラッハはライン河左岸の山際にある人口2000人程の小さな町です。朝露に濡れた木組みの家並みが中世の町の趣を感じさせてくれます。山の上に立つのは、シュタールエック城です。手前の白い塔が見える建物は聖ペテロ教会で、1100年に建てられ、内部には13,14世紀の壁画が残っているそうです。時間がなく見学はしませんでした。
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昨日の雨とは打って変わり、この日は朝から晴れ間が広がり、ライン河左岸の走行は快適です。川の両側には山が迫り、自転車道が自動車道と並行して走るため、自動車の騒音が若干気になりますが、地形上致し方のないことです。交通量が余り多くないのが幸いです。
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川の中州に建つのはプファルツ城(die Pfalz)です。関税の取り立てには絶好の場所だったに違いありません。右岸の高いところに建つ城は、グーテンフェルス城 (Brug Gutenfels)。1200年頃に完成したとのことです。
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午前9時半過ぎにオーバーヴェーゼル(Oberwesel)の町に到着する。南側の急峻な斜面に聳え建つのはシェーンブルク城(Schönburg)です。10世紀に築かれたこの城は、1689年のルイ14世率いるフランス軍の攻撃にも落城しなかった数少ない古城とのことです。
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オーバーヴェーゼルからしばらく進むと、ローレライ(Loreley)に差し掛かります。
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ここで小休止。ローレライは高さ132m、斜めに剥き出しの地層が走る岩肌が現れ、一部は草木が根を生やした岩山です。右岸側には頂上まで道路がつながっているそうです。ここでライン河は川幅を絞り大きく蛇行するので、流れが急になり、昔は航行する船が座礁することもしばしばだったそうです。
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ローレライは、ガイドブックなどでは斜めからの写真が数多く掲載されていますが、正面から見るとこのようにずんぐりむっくりとした形です。これを見ると確かにただの岩山かと言われても、そうかなと頷けます。右岸の川岸には“LORELEY”と表記した標識が掲げられています。
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午前10時過ぎにザンクトゴアー(St. Goar)に到着する。右岸にはネコ城(Brug Katz)が現れます。正式にはノイカッツェネルンボーゲン城(Burg Neukatzenelnbogen)というそうで、カッツェルンボーゲン伯が14世紀に築いた城で、非常に堅固な守りを誇っていたとのこと。1806年にナポレオン軍に爆破された後、19世紀末から修復と新築の手が加わって現在の姿になったそうです。
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ネコ城に対峙するようにサンクトゴアーの山の斜面にはラインフェルス城(Brug Rheinfels)が迫ってきます。この城は関税徴収のために1245年に建てられたそうです。
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しばらく進むと右岸の斜面に円筒形の塔を持つネズミ城(Brug Maus)が現れます。ネズミ城は正式にはトゥルンブルク城 (Thurnburg)と呼ばるそうですが、ネコ城に見下ろされるようにして建っているため「ネズミ城」とあだ名されたそうです。 ライン河はライン下りのクルーズ船に加えて、大型クルーズ船や貨物船が上下に頻繁に行き交います。
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ザンクトゴアからバートザルツィヒ(Bad Salzig)に向けて走行中。
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バートザルツィヒの対岸の山の上には、リーベンシュタイン城(右:Brug Liebenstein)とシュテレンベルク城(左:Brug Sterrenberg)が建ち並んでいます。向かい合う二つの城は、「喧嘩の壁」で仕切られているそうで、この町の教会で兄弟が互いを殴り殺したという伝説が残っているそうです。仲良く建っているというわけではないようです。
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午前11時30分過ぎにボッパルトに到着する。マルクト広場はランチを楽しむ人たちで賑っていました。
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ライン河のヘアピンカーブを眺める丘には、町はずれの乗り場からチェアリフトに乗り、ぶどう畑の上を20分程の時間かけて上がります。昨日のような雨の日には寒さで耐えきれなかったでしょうが、幸い日差しが暖かく景色を楽しみながらの乗降でした。
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12時20分過ぎに展望台に到着する。蛇行するライン河とボッパルトの町並みが広がる風景を楽しみながらいつものサンドイッチで昼食休憩です。ヘアピンカーブの広がりが一枚の写真に納まらず、パノラマ写真になってしまうほど、ライン河の蛇行は目の前に大きく広がります。
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最終目的のコブレンツに向けてボッパルトを午後2時に出発する。コブレンツまでは約20㎞。4月29日にスイス・ヴァレン湖を出発して2週間、色々な体験がありましたが、いよいよ最終アプローチです。
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コブレンツの約10㎞手前の右岸の山の上に白亜の古城が聳えています。マルクスブルク城 (Marksburg)です。12世紀前半にに築城されたこの城は、難攻不落な堅固さを誇り、1689年のルイ14世率いるフランス軍の侵攻に際して、ドイツの多くの城が破壊される中で、この城は無傷で残ったそうです。現在、内部を見学できるようです。日常生活の様式から防衛の仕組みまで、中・近世の領主の実態が良く分かるとのことで行ってみたかったのですが、時間に余裕がありませんでした。

河岸からの標高差は約80mで、山道を歩くと25分程度かかるようです。地図上にはレストランのマークもあり、時間に余裕があれば見学の後にライン河の眺めを見ながらランチをするとよいかもしれません。
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最終目的地のコブレンツ ドイチェス・エックまで10㎞を切りました。
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コブレンツの手前5㎞程の所で二つの古城が現れます。左岸の丘の上に建つのがシュトルツェン城 (Schloss Stolzenfels)です。この城は、トリーア大司教によって建てられたそうです。この辺りはモーゼル川上流のトーリアを本拠地にするトーリア大司教の支配下にあったということになります。1823年、コブレンツ市からプロイセン国王フリードリッヒ・ヴィルヘルム4世に贈られたそうで、ウィーン会議(1815年)後、プロイセンがこの地方、ラインラント地方への支配権を確立していったことを示す動きだと思われます。
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右岸にはラーネック城 (Burg Lahneck)が見えてきます。
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いよいよコブレンツ市街に入りました。
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午後3時半頃にライン河とモーゼル川が合流するドイツェス・エックに到着する。
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ドイツェス・エックに建つヴィルヘルム1世の像です。宰相にビスマルクを立て、普墺戦争、普仏戦争に勝利し、1871年にドイツを統一し初代ドイツ皇帝になった人物です。普仏戦争の勝利を記念した、リューデスハイムのニーダーヴァルトの丘の上に建つゲルマニア女神像の台座にもヴィルヘルム1世の名前が刻まれていました。

この後、ツーリストインフォメーションでこの日の宿の住所を聞くと、なんとここからモーゼル川を10km遡ったところにあるとのこと。ライン河自転車道からモーゼル川自転車道に入り、午後4時50分頃に宿に到着しました。

正味13日間の自転車の旅を無事に終えて、明日は列車でミュンヘンへ移動です。宿の近くのスーパー”REVE”に買い出しに。列車内でくつろぐためのワイン、おつまみ、果物を買って準備を整えました。

【走行データ】
走行距離:57.20km(累計:604.59km)
平均速度:15.9km/hr
最高速度:25.5km/hr

【ロマンス・ライン豆情報】
1.バッハラッハ(Bacharach)
この町の名前は、酒の神“バッカス”に由来するそうです。ラテン語bacchi ara(バッカスの祭壇)がドイツ語” Bacharach”に転じたとのこと。ローマ時代からワインの集散地だった歴史の長い町です。現在、人口2000人ほどで、木組みの家並みが中世を思わせ、しっとりとしたとても魅力的な町です。時間が許せば1日滞在し、シュタールエック城をはじめ周辺をのんびりと散策するのも良いかもしれません。神聖ローマ帝国時代に7人の選帝侯のうちの一人、プファルツ侯が住み、皇帝の選挙が行われたこともあるそうです。
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小高い山の上に建つシュタールエック城(Burg Stahleck)は、12世紀初めに建てられ、その後13,14世紀に増強され、堅固な城としてこの町を長く守っていました。しかし、1689年にルイ14世のフランス軍に破壊され廃城となり、1927年に再建されたそうです。現在は、ユースホステルとして利用されています。建物の中から楽しげな黄色い声が聞こえてきました。
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城からはライン河の素晴らしい眺めを楽しめます。城へ上る道の途中に、1294年に着工されて未完に終わった、赤砂岩で造られたゴシック様式のヴェルナー礼拝堂(Wernerkapelle)があります。

2.プファルツ城とシェーンブルク城
バハラッハを出発するとまもなく、川の真ん中に大きな白壁の軍船のような城が見えます。プファルツ城(Die Pfalz)です。防衛と関税徴収を目的として14世紀前半に造られたそうです。5角形で6層の大塔、その周りに船のような形をした外郭があります。ビンゲンの「ねずみの塔」と同様、中州に建てられているので、関税の取り立ては容易だったと想像します。

しばらく進むとオーバーヴェーゼル(Oberwesel)の町に着きます。この町はケルト人のトレヴェリ族の町として生まれ、ローマ時代から今に至るまでワインの取引の盛んな町だったそうです。町の南側の山の上に聳えるのがシェーンブルク城(Schönburg)です。10世紀にザクセン家の皇帝によって築かれたそうで、1000年の歴史を誇る古城です。1166年以来シェーンブルク家が所有しており、1689年のルイ14世が率いるフランス軍の攻撃にも破壊されなかったほど難攻不落の強固な城だったそうです。

3.ローレライ(Loreley)
ローレライは、高さが132mの岩山です。直下のライン河の川幅は110mまで狭まり、流れの向きも大きく変わり激流となっています。ローレライの伝説は一言でいいますと、「夕映えが迫ると美しい乙女が岩頭に立ち、風に衣をなびかせながら黄金の櫛で金髪の髪をすき、妙なる歌声で船乗りたちを引き寄せ、暗礁の岩に船を乗り上げて難破させるというもの。」です。

ローレライはただの岩山、それほど感動するものではないという人もいるそうです。「ヨーロッパ三大がっかり」の一つだとか。他の二つはコペンハーゲンの人魚の像、ブラッセルの小便小僧の像だそうです。

4.St. Goar(ザンクト・ゴアー)
地名の起源は、570年頃にガリア(現在のフランスの一部)から来た修道士ゴアー。当時は人家が一軒もなかったそうです。ライン左岸の山上に聳える大きな城はラインフェルス城(Brug Rheinfels)。13世紀半ばに築城が始まり、15世紀後半に当時の領主、ヘッセン方伯家が増築を重ね完成したそうで、ライン河を通る船から関税を徴収していたとのこと。

ルイ14世の攻撃に破壊されることなかった強固な城にもかかわらず、1794年のフランス革命の時に革命軍を前に戦わずして開城し、その後爆破されたそうです。19世紀に入って修復されて現在に至っています。

対岸の町はザンクト・ゴアハウゼン(St. Goarhausen)です。山の斜面には14世紀後半に築かれたれたノイカッツェネルンボーゲン城(Burg Neukatzenelnbogen)、通称ネコ城が建っています。ネコ城も非常に堅固な城だったそうですが、1806年にナポレオン軍に爆破された後、一時廃城になりましたが、19世紀末から修復と新築の手が加わり現在に至っています。

ネコ城からさらに少し下流側に下った右岸に、同じような形の古城が現れます。これがネズミ城(Brug Maus)です。ネズミ城は、正式にはトゥルンブルク城 (Thurnburg)と呼ばれ、1356年、トリーア大司教がライン川河谷の領地防衛のため築城したそうです。ネコ城に見下ろされるようにして建っているため「ネズミ城」とあだ名されたというのが名前の由来とのことです。

5.ボッパルト(Boppard)
ザンクト・ゴアーから少し下ったところの町がボッパルト (Boppard)です。この町は、紀元前50年にローマ人が砦を作ったのが始まりで、当時の城壁が今も鉄道線路に沿って保存されているそうです。この付近でライン河がヘアピンカーブを描きながら流れを180度転換します。その光景は、町はずれの乗り場からチェアリフトに乗り、小高い丘の上から眺めることができます。チェアリフトの乗降時間は片道20分と少々長くかかりますが、天気が良ければ、この絶景ポイントに行かれることをお勧めします。山の斜面にはぶどう畑が広がり、美しい風景を堪能できます。ボッパルトはぶどう以外にもサクランボの産地ということです。

6.コブレンツ(Koblenz)
ライン河とモーゼル川が合流する地点がコブレンツです。人口は約11万人。昔から交通と軍事の要塞で、ローマ軍がここに城塞を作り、その周りに町が形成されていったそうです。ラテン語の合流点を意味する”コンフェルエンテス”が町の名前の由来とのこと。

17世紀末のルイ14世による破壊、第二次大戦での徹底した爆撃によって、ローマ時代からの長い歴史を持つ古都としての面影は残っていないそうです。ラインとモーゼルの合流点はドイチェス・エック (Deutsches Eck)と呼ばれ、1871年にドイツの再統一を実現した皇帝ヴィルヘルム1世の巨大な騎馬像があります。

(続く)
5月12日(木) 曇り後雨 コブレンツ (Koblenz)→ミュンヘン(München) 列車移動
http://dolphin-kick55.at.webry.info/201609/article_5.html

この記事へのコメント

伊太利屋次郎
2017年05月19日 19:03
ご無沙汰しております。この記事を読んで我々のライン川自転車道の旅を懐かしく思い出しました。我々は昨年もドイツ自転車旅が叶いませんでした。で,今年は頑張って(?)ドナウ川とエルベ川自転車道を走ることにしました。ドナウはドナウエッシンゲン~ウィーンまで,エルベはプラハ~ハンブルクを計画しました。ウィーン・プラハ間は列車で移動です。6月17日から8月4日にかけての旅となります。体力的にも今のうちにとちょっと長旅をしてきます。では,では
どるふぃんきっく
2017年05月20日 06:35
伊太利屋次郎さん
こんにちは。おひさしぶりです。
コメントありがとうございます。
昨年のライン川自転車旅行の計画にあたっては、伊太利屋次郎さんの旅行記も参考にさせていただきました。

今年は約2か月をかけてドナウとエルベを旅する由、壮大な計画を羨ましく思います。是非楽しんでいらしてください。旅行記を楽しみにしております。

私たちは、今年は8月に約半月掛けてザルツブルクからウィーン、可能であればブラスチラバまでを計画しています。リンツからウィーンまではドナウ川自転車道を走る予定にしています。今回はザルツカンマーグート他でのどちらかというと滞在型の自転車旅行を考えています。

では、ご出発まで1ヶ月を切り準備にお忙しいことかと思いますが、お元気でご安全な自転車旅行を楽しんでください。