桜満開の播州路・お花見ツーリング(新西国三十三箇所巡り)

桜満開の播州路を、お花見を楽しみながら新西国三十三箇所の札所をまわってきました。訪れたお寺は、船越山瑠璃寺、七種山金剛城寺、泉生山酒見寺、五峯山光明寺の4寺です。三ノ宮から兵庫県西部の町、佐用までを輪行し、そこから4寺を訪ねながら小野市まで約130kmの行程を二日かけての走行です。

走行ルートは以下の図の通りです。


ルートラボでもどうぞ。
http://yahoo.jp/h2Uf44

4月9日(日)

午前6時過ぎに自宅を出発し、JR三ノ宮駅6時54分発の快速列車に乗り込み姫路に向かう。駅のセブンイレブンで買った朝食をいただく。いつものパターンのサンドイッチ、お握り、野菜ジュースにコーヒーです。姫路で姫新線に乗り換え、佐用に着いたのは9時過ぎでした。
画像
JR姫新線で姫路から佐用に向かう車内にて。
画像
1両編成の車両。ワンマン運転です。
画像
佐用駅はJR姫新線と智頭鉄道が交わる兵庫県西部の交通の要所です。塔は言うものの可愛らしい駅ですが。駅前で自転車を組み立てる。最近は10分程度で出発準備を完了します。

①船越山瑠璃寺
自転車を組み立て、佐用駅を午前10時前に出発し、第33番札所の瑠璃寺に向かう。国道179号線を佐用坂までしばらく上り、一度下ってから179号線を右に分け、県道53号線に入る。ここから瑠璃寺までの16㎞はなだらかな上り坂が続きます。走り始めだったせいか、上り勾配はほとんど気にならず11時前に瑠璃寺に到着する。

瑠璃寺は西暦728年、聖武天皇の勅願により、僧行基が開創した1300年近い歴史のある真言宗のお寺です。2009年9月の台風9号で被害を受け、現在も復興中とのことです。本坊で参拝し朱印帳に記帳していただいた後、一旦境内を抜けて急な階段を上り詰めると、山腹に本堂が現れます。本尊は千手観音菩薩だそうですが、もちろん開帳はされておらず、拝むことはできませんが合掌をして後にします。

お昼ご飯は、瑠璃寺から3kmほど離れたところにある道の駅「ちくさ」で、宍粟市産の「恋するとんかつ定食」をいただく。なんでも「豚研究所」という豚肉の研究をされている機関で開発された豚肉を使用しているそうです。
画像
瑠璃寺の仁王門。ここからさらに急坂を登り詰めると山門です。
画像
小さな小川の向こうが山門です。
画像
山門では可愛らしい小僧が迎えてくれます。
画像
急な階段を上がると左手の本堂が現れます。
画像
本堂には千手観音像が安置されているとのこと。
画像
毘沙門堂には毘沙門天が安置されていて、堂の奥に微かに像を拝むことができます。

②大歳神社
本日の札所巡りは瑠璃寺一所です。昼食をすませ次の目的地である宍粟市の中心部へ向かう。県道72号線を下り、下三河の交差点で右に分け県道53号線に入る。長閑な田園地帯を走る県道は車両も少なく、下り勾配の道を快調に走る。途中、至る所で満開の桜が続き、お花見ツーリングを満喫しました。1時間余り走り宍粟市街に入る。

宍粟市の市街地は南北に揖保川と因幡街道が走り、大歳神社は市街地西側の小高い山の麓に位置します。境内の中心部には樹齢1000年を超えるといわれる「千年藤」が、境内全体を覆うようにして広がる藤棚を抱えています。5月初旬には薄紫色の藤の花とその香りが周辺を包むそうです。本殿の横には「撫で七福神」の名の七福神の石像がならび、福が招来するよう7体の石像をしっかりと撫でてきました。
画像
大歳神社の千年藤。西暦960年に植えられたと伝えられているそうです。兵庫県の天然記念物です。
画像
大歳神社の桜も満開です。
画像
「撫で七福神」の石像が並ぶ。一つ一つ順番に撫でていきました。
画像
えべっさん。
画像
金谷部古墳の近くを流れる川沿いの満開の桜。

③金山部古墳
大歳神社を後にして向かったのは南へ数kmのところにある金山部古墳です。この古墳は約1500年前にこの地方に住む豪族の墓だそうで、円墳の上部へ上がると宍粟市ののどかな田園風景と取り巻く山々を見渡すことができます。

この日は塩田温泉に投宿しました。大河ドラマ「軍師官兵衛」で、一躍人気スポットになり、しかも改修工事を終えて美しい姿となった姫路城から車で30分足らずという立地条件のためか、大型観光バスでやってくる利用客で溢れんばかりでした。
画像
円墳の高さは20~30mです。
画像
円墳の頂上付近からの宍粟市内の風景。のんびりとした静かな時間が流れます。

【走行データ】
走行距離:70.99km
最高時速:62.5km/hr

・サイクルメータの履歴を見ると、宍粟市に向かう36㎞から37km地点の直線の下り坂で、知らぬ間に何と最高時速62.4㎞を出していました。自転車では極めて危険な領域です。
平均時速:16.7km/hr
累積登行高度:785m
累積下降高度:827m
消費カロリー:1943Kcal


4月10日(月)
この日は薄曇りで昨日よりも気温が下がり、ウィンドブレーカーを羽織るほどの肌寒いスタートとなりました。

①七種山金剛城寺
今日は1日で3箇所の札所を回る予定です。午前9時前に宿を出発。まず初めの目的地は福崎町の第30番札所、金剛城寺です。宿から県道23号線を福崎町に向けて8km走る。金剛城寺は福崎町で進路を北西に変え、5㎞程山間に入ったところに位置します。緩やかな登り勾配の県道406号線を進む。昨日に続き道行く先々で桜が満開です。両側に続く低山は、山桜の薄いピンク色で山肌を淡く染まっています。

金剛城寺には午前10時少し前に到着する。月曜日とあって訪問客は私たち夫婦のみでした。納経所に御用の方は鐘楼を一突きするようにとの表示があり、二人で一突きずつ鳴らし、右手奥の建屋で呼び鈴を鳴らすものの人の気配は全くありません。玄関口に入り大きな声で呼び出しても静まり返るばかりです。家内がネットでこの寺の電話番号を調べ電話をかけたところ、漸くこの寺の住職さんと思われる、年の頃80歳くらいのお爺さんが出てきました。

朱印帳に記帳をしていただき、折角なので少しお寺の歴史を聞いてみようと思い、仁王門の金剛力士像についてお話を伺いました。写真にあるように、阿形像も吽形像も胸、腕、脛の筋肉が逞しく、色は剥げ落ち、かなりの歴史があるのかなぁとの印象でしたが、やはりそうでした。老住職のお話によると、赤穂浪士の時代、すなわち元禄年間(1700年頃)に一度修復をしたとの記録があり、その時の姿が現在に至っているそうです。したがって、像そのものはそれ以前に造られたものだそうです。

本堂を参拝後、裏の階段を上り詰めると護摩堂に至ります。護摩堂の回廊から満開の桜を通して境内そして山間の町並みを見下ろすことができました。花曇りの白い空の下、音のない世界をしばし楽しみました。
画像
午前10時前に金剛城寺に到着。
画像
仁王門。
画像
金剛力士・阿行像。元禄時代以前の作だそうです。
画像
金剛力士・吽行像。
画像
本堂。千手観音菩薩が祀られています。
画像
境内頂部の護摩堂から本堂を望む。境内の桜は満開です。
画像
山間の山村は花曇りの空のもと、静寂に包まれています。
画像
画像


②泉生山酒見寺
金剛城寺から福崎町の中心部に下り、再び県道23号線を東に進む。福崎町の東隣、加西市の住宅街の中に所在する第29番札所の酒見寺に到着したのはお昼少し前です。酒見寺は昨日訪れた瑠璃寺と同様に、僧行基が聖武天皇の勅願を受けて開創したそうです。創立は西暦745年ということです。

行基上人は近畿地方を中心に民衆に仏教を広めた僧で、私の職場のある伊丹市には行基町という町名が、今でもその名を残しています。当時民衆から崇敬されていたことを示すものかもしれません。現在の伽藍は、約400年前に火災で消失後に再建されたものだそうです。
画像
画像
仁王門。1600年代半ばに再建されたものです。中に収められた金剛力士像とともに歴史の刻まれた立派な建造物です。
画像
酒見寺本堂。
画像
多宝塔。国の重要文化財です。天昇年間、今から400年ほど前に陛下にあい、その後再建されたとのこと。相輪に寛文2年(1662年)の刻銘があるそうです。

③五峯山光明寺
加西市内のイオンで昼食をすませ、県道369号線から145号線に入り、加東市に所在する28番札所の五峯山光明寺に向かう。酒見寺から約15kmです。午後2寺40分過ぎに山の中腹にある駐車場に到着したものの、最後の2kmは標高差150m、平均勾配7.5%の急登が続き、途中ペダル漕ぎを断念。大汗かいての参拝でした。

光明寺の開創は、今から1400年余りも遡る推古天皇の時代、西暦594年だそうです。金剛峰寺と同時期です。法道上人という方が創立したそうで、本堂には十一面千手千眼観世音菩薩が祀られています。このお寺は室町時代の西暦1352年、太平記に出てくる足利尊氏と弟直義との戦い「光明寺合戦」で歴史的に有名だそうです。この戦いは手勢に勝る尊氏は八幡山を取り囲んだのですが、直親を攻め落とすことができなかったそうです。急峻な山肌が直親側を優位にさせたのかもしれません。

駐車場から仁王門に向けて山道を歩き始めるのですが、この道がさらに急勾配となり、恐らく20%を超えるような斜度があると思われる道が続きます。再び大汗をかきました。遍照院という僧坊で朱印帳に記帳していただき本堂へ向かう。私たち以外に参拝者は女性二人という静かな境内は桜が満開でした。
画像
ここから仁王門へ向かって20%を超えるような斜度の急坂が続きます。
画像
仁王門に到着。
画像
境内は桜が満開です。
画像
画像
本堂。十一面千手千眼観世音菩薩が祀られています。十一面で千手、千眼という姿の仏像を見た記憶がありません。どんな姿なのか興味がありますが、当然のことながら開帳はされていません。
画像
本堂の奥に「光明寺合戦」の時の直親側の本陣跡です。
画像
光明寺の駐車場から加東市内を望む。遠く微かに浮かぶ山並みは六甲山系です。

午後3時半過ぎに光明寺を出発し神鉄粟生駅に向かう。県道349号線を南下、車は少なく快調に飛ばし4時過ぎに粟生駅に到着。神鉄で新開地まで輪行し、自宅には午後6時過ぎに到着する。お疲れさまでした。

【走行データ】
走行距離:59.03km
最高時速:40.8km/hr
平均時速:15.5km/hr
累積登行高度:406m
累積下降高度:473m
消費カロリー:1571Kcal

この記事へのコメント