新緑の摂津路・京・近江路を自転車でツーリング(新西国三十三箇所巡り)

若葉のみずみずしい緑が目に眩しい季節になりました。萌えいずる木々の姿に躍動感溢れる生命力を実感します。自転車ツーリングには絶好の季節です。今年のゴールデンウィークは身近なところで初夏の香りを楽しもうと、二泊三日の行程で摂津路から京都を経て琵琶湖東岸、近江路へと自転車で走り抜けました。途中、新西国三十三箇所の札所を巡り、家内の強い希望でキリンビール滋賀工場を最終地点としました。

三ノ宮から高槻までは輪行。初日は高槻を起点に、摂津から京へ抜ける山越えの道を安岡寺、神峯山寺、楊谷寺の三寺を経て京都泊まり。二日目は観光客で賑わう京都市内を、誓願寺、大報恩寺の二寺を回った後、逢坂山を越えて琵琶湖西岸に抜け、瀬田川を南下し立木山寺を参拝し石山温泉泊まり。最終日は雨雲をすり抜けるようにひたすら琵琶湖東岸を北へ向かい、ビール工場で喉を潤す行程となりました。彦根から輪行で酔いを醒ましながらの帰宅となりました。京都では思いがけず中学時代からの旧友に会うこともでき、充実した自転車ツーリングとなりました。ツーリングマップは以下の通りです。



5月4日(木)
午前7時過ぎに自宅を出発し、三ノ宮駅に向かう。今回は二泊三日の行程で荷物が増えるため、自転車はランドナータイプとして、家内の分も含めてリアバック2個を荷台にセットすることに。総重量は15kg前後でしょうか、欧州自転車旅行の一人分程度の荷となります。家内はウェストバック一つの身軽さで気楽なものです。

輪行バックへの収納も少々時間が掛かりますが、予定通り8時5分の新快速に乗車し、高槻駅には8時40分過ぎにに到着する。自転車を組み立ていよいよツーリング開始です。今回は最初の15kmの区間で幾つかのアップダウンを繰り返し、標高差450mを登り切るというハードな走路がいきなり待ち構えています。

①南山高槻観音 安岡寺(なんざんたかつきかんのん あんこうじ)
高槻駅を9時半過ぎに出発する。府道6号線の緩やかな上り勾配を北上し、浦堂の交差点を斜め右に市田圃道に入ると急な上り坂が始まる。途中まではなんとか低速ギアで漕ぎ上がるものの、さすがに荷台の15kgのリアバッグが重い。中腹でダウンし、後は手押しで上がりました。身軽な家内は山門直下まで漕ぎ上がることができたと意気盛んです。上り坂になると異様なまでに気合が入るのはいつもの通りです。

山門直前の急登を登りきると一気に視界が開けて、高槻市内の山を切り崩して造成された住宅街が目の前に広がり、その先南西方向には大阪市内の高層ビル群を見渡すことができます。

安岡寺は平安時代初期、8世紀後半に開成皇子(第50代桓武天皇の兄)により開創されたそうです。1200年余りの歴史を有するお寺です。本尊の如意輪観音菩薩は開扉されていませんが、本堂横の青梅観音堂に安置される十一面千手観音菩薩は、細目の網戸を通して拝観できました。

現在の本堂は、戦国時代のキリシタン大名として名を馳せた高山右近ー当時、摂津国高槻城の城主だったそうですーにより徹底的に破壊された後、再建を果たしたものだそうです。高山右近といえば、確か「軍師官兵衛」でも登場した戦国時代の重要人物の一人であって、キリシタンということもあり清廉なイメージを持っていたのですが、大変な一面を持っていたことを知り驚きました。右近は摂津国の仏閣と仏像をことごとく破壊したとのことで、これが個人的な理由によるものなのか、さらに宗教上の理由も加わったものなのか、背景にあるものがなんであったか興味があります。

画像
安岡寺西門
画像
安岡寺本堂
画像
鐘楼と青梅観音堂(奥)

②根本山 神峯山寺(こんぽんざん かぶさんじ)
安岡寺を後にして、再び府道6号線を緩やかな上り勾配を北上する。住宅街を抜けた先で右手の市道に入る。神峯山寺への参道へ入ると急激な上り勾配が始まり、さすがの家内も自転車から降りて手押しで山門に向かいました。ルートラボで計算したところ、平均斜度8.1%の急登が1.5kmも続く参道です。とても漕いでは上れません。15kgの荷物と自転車の重量を合わせると30kgを超え、ハンドルを握る両腕にずっしりと負荷が掛かります。しっかりと足を踏ん張り一歩一歩前進しないと、ちょっとした気の緩みでアンバランスになりハンドルを取られてしまいます。大汗かいて到着する。

山門に入ると、本堂までの参道の両側にはもみじなどの広葉樹の並木が続き、湧き出るような新緑の眩しさに、先ほどの疲れも吹っ飛びとても爽やかな気分です。神峯山寺は本尊に毘沙門天を最初に安置した霊場だそうですが、残念ながら当日は拝観できませんでした。本堂から少し上がったところに鐘楼があり、鐘を一突きしたのはよかったのですが、足場が悪く鐘楼から降りる時に足を踏み外し、一瞬「グキッ」という鈍い音が聞こえ、足首を捻挫する。この時は痛みはそれほどではなかったのですが、それからじわじわと痛みが増し、翌日まで大変な思いをしました。

御朱印帳に記帳を終えて、境内を流れる小川に注ぐ「九頭竜の滝」を見学。修行場ということで近寄れませんでしたが、名前ほどの滝というわけではありませんでした。
画像
神峯山寺山門
画像
本堂へ続く参道にて
画像
神峯山寺本堂
画像
神峯山寺本堂
画像
急な斜面に建つ鐘楼。この斜面で足を滑らせ捻挫をしました。
画像
九頭竜の滝。長い樋を伝わって水が流れていました。少々名前倒れのような気もします。

③立願山 楊谷寺(りゅうがんざん ようこくじ)
本日三番目の札所は、長岡京市の山間に所在する楊谷寺です。神峯山寺を後にして、再び急登を手押しです。しばらくすると幾分緩やかになり、家内はさっさと自転車を漕ぎ始め先に行き、私は捻挫の痛みをこらえながら、手押しと足漕ぎで何とかピークまで辿り着く。一旦下った後に、府道79号線に合流する。ここから大阪府と京都府の府境のゴルフクラブまで、約3.4kmの道のりは平均勾配3.5%の上りとなり、今回の自転車旅行の最高到達点、標高357mの地点に向かう。

面白いことにペダルを漕いで坂を上る時の方が捻挫の痛みは酷くありません。ゴルフクラブ入口から楊谷寺へは、標高差120mの下り坂を幾つかの急カーブを曲がりくねりながら一気に下る。坂の上から新緑の木々の中に瓦屋根の建屋が大小幾つか現れ、一目で楊谷寺と分かります。楊谷寺には午後1時過ぎに到着する。山門前の広場のベンチで、高槻駅のコンビニで買ったサンドイッチ、おにぎりセットと野菜ジュースの昼食です。
楊谷寺手前の風景です。
https://youtu.be/kBv1MQ6Yh3w

捻挫の痛みは時間が経つにつれて増してきます。山門に上がる石段を手摺を掴みながら左足を右足に添えるようにしないと上ることができません。左足に体重を乗せると痛みが走るのです。

楊谷寺は、9世紀の初めにあの清水寺を開創した延鎮僧都が開創した寺だそうです。眼病の観音様、独鈷水(おこうずい)の観音様で名高いとのことで、先の二つの寺と比較すると参拝客が非常に多いことに気づきました。また、それもあってか、境内全体が広く、立派な造りとなっています。本堂には十一面千手千眼観世音菩薩が安置されており、月に2回開扉されるそうですが、残念ながらその日ではありませんでした。本堂でご朱印帳に記帳していただき、そのまま回廊を伝って奥ノ院に向かう。

再び本堂に戻り、左奥の独鈷水の堂で眼病のほか、諸病に効くという独鈷水をカップでいただきました。この霊水は、弘法大師の祈祷により湧き出たそうです。最近気になる症状に効能があれば良いのですが。

楊谷寺の拝観を終え、長岡京市街へ向かう。左足首の痛みはペダルを漕ぐ時にはそれほど気にはなりませんが、何れにしても放っては置けないので、道沿いにドラッグストアを見つけ、湿布剤とテープを購入する。この合わせ技で翌日の午後からはほぼ支障なく歩くことができました。

長岡京市街から向日市に入り、府道67号線、物集女(もずめ)街道を北上し、上桂から京都市街に入る。この日は河原町三条に宿泊する。その晩、木屋町通りに夕食に出向くと、外国人観光客を含め大変な賑わいでした。
画像
楊谷寺山門に続く石段の前で。左足首の捻挫の痛みが走ります。
画像
楊谷寺本堂
画像
楊谷寺奥之院。本堂から回廊を上り詰めたところが奥之院です。
画像
奥之院から本堂に下る石段の途中、弁財天の中に淀殿の像が丁重に祀られています。淀殿は楊谷寺の観音を信仰していたそうです。
画像
独鈷水(おこうずい)の湧き出るお堂。弘法大師が供養された際に湧き出た霊泉だそうです。
画像
この水が眼病だけでなく諸病に効能があったとのことです。柄杓とカップが置いてあり一口いただきました。
京都市街の風景です。
https://youtu.be/7sdy_UvYPac

5月5日(金)
Facebookに中学時代からの旧友、Iさんが毎年恒例の古都の旅の最中と知り、早速連絡して見ると、Iさん夫妻は河原町四条に宿泊しているとのこと。目と鼻の先の距離なので是非会いましょうということになり、短い時間でしたが京都市街での久しぶりの再会を喜び合いました。

①新京極 誓願寺(しんきょうごく せいがんじ)
京都市街の自転車の移動は裏通りの道に限ります。南北東西の主要道路は道幅は広いのですが、車両の流れや駐停車の車が多く非常に走り難く、危険です。その点、一本奥に入るとそうした喧騒から解放され、京の古い街並みやそこに住む人の日常をのんびりと眺めながら楽しむこともできます。Iさんと別れ、河原町四条の交差点から早速裏通りの道に入り誓願寺へ向かう。

新西国第十五番札所の誓願寺は京都の中心部、新京極通りに所在します。西暦725年開創の古い歴史をもつ誓願寺は、6000坪の境内を有する大伽藍だったそうですが、明治維新前後の神仏分離令などにより寺地を召し上げられ、現在は本堂を残すのみとなっています。

誓願寺は、平安時代の歌人、和泉式部と関係の深い寺ということを知りました。若い時は美貌と知性に溢れ、恋多き女性だったそですが、娘を亡くした苦しみから救いを求め晩年にたどり着いたのが誓願寺とのことです。今でも毎年6月に法要が行われ、誓願寺の夏の風物詩でもあるそうです。

LINEやメールで一瞬にして相手に思いを伝えることができる現代とは違って、平安の世の人たちが意思を伝える手段は、直接話をする以外には筆と紙しかなかった時代です。そこにしたためられた歌が心のひだを震わせ、お互いの思いを高めていったのだと思います。現代は科学技術が進展し、情報伝達手段が多様で便利なりましたが、人の感情や行動を伝えるものは言葉の力であって、これは時代を超えて不変なのだなと改めて思いました。むしろ伝達に時間を要した平安の世の方が、一つ一つの言葉の意味するものが深かったのかもしれません。
画像
誓願寺山門
画像
本堂に祀られた阿弥陀如来像
画像
阿弥陀如来像の右奥に安置された十一面観世音菩薩像

②瑞応山千本釈迦堂 大報恩寺(ずいおうざんせんぼんしゃかどう だいほうおんじ)
午前10時半過ぎに誓願寺を後にして、再び裏通りを縫うようにして大報恩寺に向かう。スマホをハンドルに取り付け、GoogleMapを頼りに道を追っていくのですが、迷うこともなく非常に便利です。七軒通りから今出川通りを突き抜けてしばらく行くと大報恩寺に到着する。

大報恩寺は今から800年ほど前、鎌倉時代初期に藤原秀衡の孫にあたる義空上人が開創したそうです。本堂は萱葺き屋根の建物で、応仁の乱の時には東西両軍の手厚い庇護のもと、戦乱に巻き込まれずに残った数少ない仏閣だそうです。その歴史の古さからも国宝に値する立派な佇まいです。本堂の柱には当時の戦で受けた刀傷が何カ所も残されています。本堂も戦場になったにもかかわらず、焼けなかったというのは驚きです。

大報恩寺の見所は、この国宝の本堂と共に宝物殿に安置されている定慶作「六観音菩薩像」と快慶作の「十大弟子像」です。いずれの像も2mと離れていない場所から間近に拝観することができます。定慶という人物は、生没年不詳で記録がほとんどない大仏師法師だそうですが、「六観音菩薩像」の一つ一つの彫りの柔らかさに感動しました。特に、天衣や裳の流れるような柔らか立体感はとても印象的でした。六体が一同に安置される「六観音菩薩像」を拝観できるのは、唯一、大報恩寺だけとのことです。見学者も少なく、一体一体じっくりと拝観することができました。
画像
大報恩寺入口にて。山道を進み山門をくぐると正面に本堂が現れます。こちらが正面入口のようですが、駐車場や拝観受付は西門にあります。
画像
木目の細かな茅葺屋根が印象的な本堂。国宝に指定されています。
画像
本堂を正面から望む。右に「おかめ桜」、左に松の木が視界を遮ります。
画像
本堂内陣の正面右に柱には、応仁の乱の戦で受けた刀傷が生々しく残っています。この建屋の中でどうのような戦いがあったのでしょうか?
画像
生々しい刀傷。このほかにも幾つか残っています。
画像
本堂内陣の脇に展示された「おかめ」の像。大報恩寺は「おかめ」発祥の地としても有名だそうです。本堂建築に携わった棟梁が、主柱となる木材を誤って長さを切り間違え窮したところ、妻のおかめが夢で授かった「枡組」を伝え事なきを得たそうです。しかし、そのあとの悲劇が良く理解できません。

③立木山 立木山寺(たちきさん たちきさんじ)
大報恩時を後にして、本日の三番目の札所である瀬田川の右岸沿いに所在する立木山寺に向かう。時刻は既に午後0時半を過ぎていて、お腹も空き始めているのですが、ここでゆったり昼食を取っているようでは気も緩み、立木山寺への道のりが遠のくとの家内の一言で、当初の予定通り山科まで走りそこで昼食をとることに。

今出川通りを東に進み白川通りを越え、多くの観光客が詰めかける銀閣寺手前の交差点で右折し、鹿ケ谷通りを南下する。住友所縁の泉屋博古館を通過し、南禅寺のあたりに来ると再び観光客で道路が溢れ返っています。人をかき分けるようにして府道143号線を左に入ると、山科から大津方面に向かう車の流れに合流する。

山科駅近くの「豚人なかまる」というちぢれ麺と豚骨スープが売りの地元のラーメン屋で昼食です。隣が全国チェーンの有名なラーメン店ですが、ここは家内の食べログ情報に従いました。

エネルギーを補給後、いよいよ逢坂山の峠を越えて琵琶湖を目指します。この峠越えはこれまでに何度も経験し勝手知ったる道なので、約3.8kmの距離、平均斜度2.4%の上り坂もそれほど苦にはなりません。峠を越えれば一気に琵琶湖湖岸に向かいます。晴天のもと、琵琶湖湖岸の芝生には多くの観光客や家族が戯れています。それを横目に湖畔から瀬田の唐橋を経て、瀬田川沿いの自転車道に入り立木山寺に向かう。
琵琶湖湖岸から瀬田川沿いの風景です。
https://youtu.be/TbI1qMCoy8Y

午後3時過ぎに国道422号線沿いの立木山寺参道入口に到着する。ここから山門までは800余段の階段を上がらなければなりません。標高差にして150~160mはあるでしょうか。お年寄りや足腰の弱い方には大変な大仕事になります。私たちも大汗をかいて本堂に辿り着きました。

立木山寺は、西暦815年に弘法大師が開創したそうです。本尊は聖観音菩薩で、別名厄除の「立木の観音さま」と呼ばれているそうです。そのせいか、800余段の急登にもかかわらず、訪れる人は後を絶ちません。境内には休処があって、ほうじ茶、ゆず茶、昆布茶が無料で振る舞われています。急登を済んでのお疲れ様、といったところでしょうか。計4杯いただきました。
画像
立木山寺参道入口。ここから800余段の階段が続きます。
画像
立木山寺本堂。大汗をかいてたどり着く。
画像
立木山寺奥之院。本堂左の階段を少し上ったところです。

5月6日(土)
予報によると今日は低気圧の通過に伴い天候が崩れるとのことです。予め承知していたので、ゴアテックスの上下雨具とレインシューズカバーを持参し、万全の雨対策を準備してのスタートとなりました。朝方は陽の光が差し込むこともあり思ったほど悪くはありません。

早々に朝食を済ませ、午前8時過ぎに宿を出発する。瀬田川を上り、瀬田の唐橋で琵琶湖東岸に出る。連休でボート部の合宿があるのか、大学や高校のボート部の船艇が何艇も浮かんでいます。琵琶湖岸で大きな大会も開催されているようでした。

今日は彦根市にあるキリンビール滋賀工場を目指しひたすら走るのみです。走行距離は約70kmの予定。大津市内は自転車専用の道路はなく自動車との併走ですが、草津市からは河岸沿いに車道と併行して専用道路が整備されています。滋賀県は観光開発の一環として自転車道路の整備に力を入れているとの話を聞いたことがあります。車を気にすせず、信号停車もなく快適なツーリングを楽しめます。
琵琶湖自転車道路の風景です。
https://youtu.be/7jJswdAVSFM

雨雲レーダーによると、琵琶湖中部、北部の上空は午前11時半過ぎから雨雲が掛かるとの予想です。降り始める前に昼食を予定しているカフェに到着したいと、ペダルを漕ぐ脚にも力が入ります。時間と共に前方に黒雲が広がる空模様となりましたが、幸いポツポツ程度の小雨ですみ、11時半過ぎにカフェvokkoに到着する。到着して間もなく本降りとなり、間一髪でした。

午後1時前後に雨雲が通り過ぎるとの雨雲レーダーの予想。このお店は北欧の雑貨類を販売していて店内を見学したり、ゆったりと昼食をとることができました。ここのメニューはヘルシーかつスパイシーでお勧めです。若い方に人気のあるお店のようです。

雨が上がったところを見計らって、キリンビール滋賀工場に向けて出発する。午後2時過ぎに到着。見学者は家族連れやカップルで30人を超える賑いでした。一番搾りがなぜ美味しいか?、 可愛らしい御嬢さんの説明を聞いてよく理解できました。見学後は、ゲストルームでビールの試飲です。家内は今回のツーリングの最後にこれをしたかったのです。JR彦根駅までの約6kmの道のりを、裏道を辿りながら事故を起こさぬようそろりそろりと走りました。

天候にも恵まれ、また、思いがけず旧友との再会もでき、最後はビール工場の試飲で締めるという盛りだくさんの自転車ツーリングでした。
画像
宿の窓から瀬田川を望む。朝早くからボート部の練習が盛んです。
画像
琵琶湖東岸を走行中、湖面に現れたウィンドサーフィンの集団。北方の空には黒雲が迫る。
画像
近江八幡市の湖岸から大津方面を望む。
画像
カフェvokkoの内観。ゆったりと食事ができます。
画像
キノコと厚揚げのグリーカレー。スパイシーでとても美味しかった。玄米ご飯でとてもヘルシーです。
画像
右が一番搾りの麦汁、左が二番搾りの麦汁です。一番搾りの方が色が濃いのと、なんといっても味の深み、旨みが違いました。
画像
工場見学の後は、ゲストルームでの試飲会です。お一人様三杯までいただけるとのお話でしたが、私たちは一番搾りとスタウトの二杯で打ち止めとしました。

この記事へのコメント